平成20年度 町村長随想

■平成20年 7月号 東成瀬村 佐々木哲男 村長
■平成20年 7月号 小坂町 川口  博 町長
■平成20年 7月号 井川町 齋藤 正寧 町長
■平成20年10月号上小阿仁村 小林 宏晨 村長
■平成20年10月号 藤里町 石岡錬一郎 町長
■平成20年10月号 五城目町 渡邉彦兵衛 町
■平成21年 1月号 八峰町 加藤 和夫 町長
■平成21年 1月号 大潟村 高橋 浩人 村長
■平成21年 1月号 羽後町 大江 尚征 町長


1
***********************************************
平成20年7月号 「仙北街道を歩いて」
東成瀬村  佐々木哲男  村長
(平成10年6月〜現在)
***********************************************

 秋田と岩手に横たわる奥羽山脈を越えての街道の一つに仙北街道がある。私たちの村では、仙北街道の他に集落の名をとった「手倉越」とも呼んでいる。むしろこの呼び名のほうがかつては一般的であったようでもある。このほかにも、秋田街道や仙台道と呼んだりした地方もあったようであるが、最近はこの街道を踏破しての交流が盛んになるにつれ、「仙北街道」が定着してきている。そのいわれは、秋田の仙北地方に通じる街道である意味合いのようだが、一説には、信仰の山であった神室山の北に位置していたことから、山の北、「山北」(せんぼく)からそうした呼び方がされたという説もある。

 この街道の起源は古く平安時代に遡り、岩手県の胆沢城と雄勝城を結ぶ最短ルートとして開設されたとされている。千年を越える歴史を持ちながら、大正年間に入り、北上〜横手間の平和街道の開通と、さらにこの街道の対岸をほぼ並行するように開設された国道397号線の開通により、ほとんど通行されることはなかった。それが、東成瀬村の「仙北道を考える会」と奥州市胆沢愛宕公民館の「仙北道を考える会」の有志により、交互踏破が再開され再び脚光を浴びるようになった。
 この街道は、東成瀬村の手倉から県境の柏峠(1,018m)を越え奥州市下嵐江(おろせ)に至るルートで、総延長が24kmの山道である。歴史の道として、千年を超える古道として、数ヵ所の渡河渡渉を経てのコースは決して楽なコースではないものの、自然豊かなエココースとして甦ってきた。

 二つの考える会の交流会には、毎回、招待され挨拶を申し上げてきた。その際には決まり文句のように、「是非私も歩いてみたい、踏破したい」と、言うこと十回を数えた昨年、ある方から「いつ歩くのですか、確か昨年もそう話していましたよね」と言われるに及び、とうとう昨年決意して参加することにした。全コースは24kmであるが、林道、作業道を除くと約12km、休憩を入れつつもおよそ8時間の行程である。体力が持つか、はなはだ自信がない。しかし約束した以上は決行あるのみと、悲壮な覚悟で歩き出した。幸いなことに、8月の下旬の一日は、快晴となり、暑いことには暑いが標高のあるコースはむしろ爽やかであった。かつて往来した人々に思いをはせて、今なお残るブナの原生林を縫い、手を伸ばすと届きそうな森林生態系地域のコアに位置する栃カ森を眺めながら、一行40名、先頭集団で歩かせていただいた。道々で草花樹木の解説に加え、既に頭の出したキノコも教えていただきながら、無事踏破した。かくして、長年の願望を果たしえた満足感に浸りつつ面目を立てた思いで今はほっとしているところである。

 この道を、私の歩く一ヶ月前、寺田知事は6時間で踏破したとか、驚くべき健脚である。この仙北街道は「あきたエコツーリズム新ルート発掘支援事業」として指定された。


TOP

2

***********************************************
平成20年7月号 「大連にアカシアの花咲く頃」
小坂町  川口  博  町長
(平成2年4月〜平成21年4月)
***********************************************

 我が町は中国大連市とアカシア祭りを通して交流をしている。
 平成12年5月に大連市アカシア祭り実行会と「アカシア祭り友好交流意向書」を締結し、相互訪問し交流を図っている。
 大連市は人口600万を超える大都市、我が町は人口6,400人の町、人口が千倍も多い大都市との交流のきっかけは、アカシア祭りである。

 我が町のアカシア祭りは昭和59年(1984年)から開催し今年で25回を数える。一方大連市のアカシア祭りは平成2年(1990年)から開催し19回を数える。
 平成3年に岩手県内の旅行業者を通じて大連市からアカシア祭りへの招待状が届き、このときはじめて中国でもアカシア祭りを行っていることを知る。町の行政関係者、小坂町国際交流協会、小坂高校生などで大連市への訪問団を組織し平成3年から交流を図ってきた。平成17年から諸事情により相互交流が途絶えていたが、本年交流を再会、すでに大連市と交流をしていた岩手県花巻市長、花巻市民の翼の方々とともに10年振りに大連市を訪れた。

 大連市のアカシア祭りは5月25日に開かれている。大連市の緯度は仙台市と同じである。渤海湾に面し海洋性の気候のため緯度が高い割には比較的温暖な気候である。日露戦争の舞台となった旅順には主戦場の二百三高地がある。一般には公開されていない旧満鉄本社の建物も東京の中国大使館に勤務されていた于(う)建軍(けんぐん)・大連市長副秘書長の特別の計らいで案内していただいた。
 于副秘書長は大連市旅遊局(観光部)にいた頃、当町を何回か訪れた方である。多忙な夏(か)徳(とく)仁(じん)・大連市長にも事前のアポなしにもかかわらず表敬訪問し30分間も会談させていただくなど于副秘書長には大変なご配慮をしていただいた。これもアカシア祭りを通してのご縁と大変感謝している。
 十年前に訪れたときと比べ大連市の発展振りには目を見張るものがある。しかし、大連市周水子国際空港へ到着したとき、光化学スモッグなのか粉塵なのか晴れているにもかかわらず空がどんよりとしていたことが気にかかった。

 中国はいま環境問題を抱えている。工場からの排煙の他に内陸部からの黄砂がいまや中国全土を覆っている。内陸部から遠く離れた大連にもその影響が及んでいることが中国の環境問題の深刻さを物語っている。夏市長との会談で小坂町がかつての鉱害を克服しアカシア植樹によって緑が蘇ったことを話したら夏市長は大変興味を示されていた。
 日本が中国に協力できることは、過去の公害体験を環境技術によって克服できる道を伝えることである。隣人が困っているときに手を差しのべるのが真の友人である。
 そんなことを思いながら大連のアカシア祭りから10日ほど遅れて咲く我が町のアカシアの花の白い房々と甘い香りを想像し機中の人となる。

TOP

3

***********************************************
平成20年7月号 「半自給を目指そうかな?」
井川町  齋藤 正寧  町長
(昭和54年3月〜現在)
***********************************************

 産地の偽装や賞味期限の改ざんなど食品表示に偽りのある例がこれだけ続出すると腹立たしい。事件は内部告発による露顕だからほんとうは氷山の一角だろう。牛肉やウナギと言わず、料理の使い廻しなど人ごとながら怒りを超えてあきれかえる。多くの消費者が長い間だまされ続けてきたのだから私たちも一再ならず偽装食品を口にしてきたのではないかと、思う。残留農薬まみれの野菜や毒入りギョウザまで食わされていたのではたまったものではない。

 私の子ども時代は戦後で農村といえども食糧難だった。新聞紙にくるんだ塩をポケットに入れ、路傍のイタドリやスカンポ、山つつじの花まで口に放り込んだ。味噌汁の具も煮付けの付け合せもジャガイモに決まっていた。カレーライスには肉が入っていたためしがない。嫌いではないが、ひもじい子どもの頃が連想され今でも家では食べない。世に旨い物はあふれているが肉では鶏、魚は鮒が一番だと信じている。身近にあって、ときたま口にした美味が刷り込まれているからだろう。
 父の好物で母が「蛇みたい」と忌み嫌ったドジョウ、ナマズ、ウナギは食わず嫌いで通したが、今ではウナギは大好物だ。のっぴきならない事情で初めて口にしたうな重がこんなに旨い物かと、感嘆して以来だ。スーパーで買う中国産ウナギは皮はグニャグニャで噛み切れず、生臭さもあるが、それでも私は満足だった。それが妙な薬か毒が入っていたとなれば何んとも気色が悪い。

 県産比内地鶏も偽装事件に陥った。DNA鑑定や認証制度で信頼回復に懸命なときだけに棍棒で殴り倒されるかも知れないが、あの廃鶏の薫製は惜しかった。旨さに偽りはなかったのだが、ヒットするため比内地鶏の名を冠したのはやはり大失敗だった。ついでに言えば廃鶏はガラごとじっくり煮込めばスープは濃厚、肉も噛みごたえがあり鍋物にすれば市販の比内地鶏に勝るとも劣らない。安価な食材でも手間を尽くせば絶品に生まれ変わる。食品偽装事件はまた、ブランドに惑わされる私たちの姿の反映でもあるような気がしてならない。

 偽装が蔓延し、食物の安全性にさえ疑問符が付く世とあれば私たちは自衛策を講ずるしかない。中国産と言うだけで消費者はそっぽを向く時代となった。加工用のワラビや山ウド、大根までが品不足で価格が高騰していると、加工業者の嘆きを聞いた。いよいよ我々の時代が来たと、息まく有機栽培物の取扱い業者も出てきた。ひょっとすると農山村はこれからおもしろくなりそうだとの気がしないでもない。
 さしづめ私は山の中に居を定めている利を活かし、半自給自足を目指そかなと、思う。放たらかしの庭には十指に余る食用の山野草が伸び放題だ。鶏の二十羽も飼えば子どもの頃よりは豊かな食生活を送ることができそうだ。

TOP

3

***********************************************
平成20年10月号 「地方からの発信」
上小阿仁村  小林 宏晨  村長
(平成19年4月〜現在)
***********************************************
 寒村の首長〔村長〕になって、既に1年を超えました。私は、東京の2つの大学に前後して42年間奉職した後に、故郷に帰ったのですが、東京の生活は全く夢のようで、収入も現在より5割程度高く、失業保険をもらって勝手なことをやっているようなものでした。
 しかし現在では、考えるだけではなく、予算をつけてこれを執行し、その政治責任をとらなければならないので、いつも不安に駆られております。ともあれ、民主主義の原点は、むしろ市町村にあると理解し、地方から中央に発信することの重要さを噛み締めております。

 イギリスの政治哲学者ホッブスを引用するまでもなく、国家の存在事由は、国民の生命と安全の保護にありますが、それは市町村においても然りであります。
 私は既に「中国ギョーザ問題」が発生する以前の昨年11月から当面中国食品・食材の購入中止を村営の特別養護老人施設、学校給食及び保育園給食に指示しました。
 国がもたもたして有効な措置を行わない場合、国民の健康・安全を護る為に、市町村レベルである程度の対抗措置を行うことが必要と考えたからであります。
 具体的には前記施設への納入業者に、以下の内容に留意した納入をお願い致しました。
 @原産地中国の食材は使用中止、
 A中国工場の加工品は使用中止、
 B(すりおろしニンニク、すりおろし生姜・わさび等)は中止、
 C産地の特定なき加工品についてはメーカーに産地名を表示させる。
 しかし、いささか判定が困難な食材も存在しております。例えば、中国大豆を輸入して、日本で、もやしを製造する方式です。本来ならば、これも排除すべきと考えますが、他に「もやし」を購入できない場合にのみ目をつぶることに致しました。
 理想的には、減反地域に大豆を作っていますから、この大豆を有効利用することこそが地産地消を実現することになります。
 ことほど左様にわが国は、不用意にどっぷりと中国野菜・食材に浸かっているのが現状です。わが国が、真に国民の健康を考えるのであれば、このような危険な状態から這い上がらなければなりません。
 その為には、なかんずく、食料の自給率を高め、輸入食材の統制を強化しなければなりません。食料自給率向上の尖兵は、なかんずく小寒村上小阿仁村であります。

 国民の健康は、市町村レベルで迅速に対応が可能です。とりわけお年寄りと子供達の健康維持を目的とするきめ細かい行政サービスは、小自治体である上小阿仁こそが有効に行い得ると考えております。
 政府の市町村合併に見られるような量的〔人口〕思考に対し、我が村の如き小自治体こそが、より有効に国民〔村民〕の健康維持に対応が可能であることを証明することが大切です。中国食材への対応が本邦初であるか否かはともかく、少なくとも秋田県では、我が上小阿仁村が初であるはずです。成人男女が自発的に中国製品を買うことは規制対象になりません。しかし役場の政策に依存する老人・子供は護らなければなりません。その結果が村施設における当面の中国食材の購買禁止措置であります。この措置に対するご意見を賜りたいと存じます。

TOP

3

***********************************************
平成20年10月号 「徒然の老い」
藤里町  石岡錬一郎  町長
(平成7年8月〜現在)
***********************************************
 「高齢」「老いる」…最近、気になり出している言葉である。はっきり云えば嫌なものである。さしたる理由もないが、自分も間もなく初養老を迎える年になって気になり出した。
 そういえば、私の同級生も65歳からの敬老式には誰一人参加しなかったし、70歳の初養老にも参加するのかどうか定かでない。
 もうそんな年になったのかと言われることが恥ずかしいからかと思ってもみたが、「俺はまだ若いんだ」と思う反発心からだと最近わかった。
 ある日、仲間同士で我々が生き生きと生活するためには、どうしたら良いかという話題になった。
 そばを栽培し、そばづくりでもするか、など何かに一生懸命取り組む事がいいのではないかと大方の意見が出た後、お前はどう思うかと問われたので、自分で好きなことをやるのが一番でないかと答えた。

 実は、今から20年前、退職した後の生き甲斐として何をやるか考えた末に、俺は百姓の倅、農業学校も出ている、土に親しむ事が一番自分に合っていると考え、加工用のぶどう栽培を始めた。紆余曲折の末、ようやく適した品種にたどり着き、収穫できるようになってきた。
 仕事の関係上、今は普段の手入れは親戚の人に頼んで、収穫の時だけ畑に行っているが、ついこの間の出来事である。早朝、ピンポンの音で目が覚めて起きていくと、「大変だ、猿の群れが、ぶどうを食べでら」との報告。
 ついに恐れていた事が起きたとの思いと、俺の生き甲斐の夢を破られてたまるかとの怒りがこみ上げてきた。が、如何せん、人が居ない折を見計らって出没する彼等に勝つ方法は未だに見つかっていない。
 何よりも追い上げると手の届かない木の上から、ここまでは来られまいとジーッと見られていると、怒り心頭に達してくるのである。
 この猿と戦わなければならない先行きを考えると俺の生き甲斐も不安になってきたが、別の生き甲斐を探す気持ちは更々なく、老いの気弱さか、はたまた悟りを開いた慈悲の心か、わからないが、このまま仕方がない諦めムードになっている。

 それにしても、間もなく到達する初養老の記念品は紫色の白地で寿と染めた座布団である。当町の花のシンボル「藤の花」の紫と思いきや、紫は、色彩学上は元気の出る色と聞かされ、この座布団に座ったら良いかどうか迷っている昨今である。


TOP

3

***********************************************
平成20年10月号 「宝ものがどっさり」
五城目町  渡邉彦兵衛  町長
(平成17年2月〜現在)
***********************************************
 早朝、町のシンボル森山のふもとにある「不動尊」に時折散歩にでかける。朝の空気は、とてもおいしい。また、ウグイス、カッコウの鳴き声やたまにはカラスの軍団に出会うこともある。森山への早朝散歩者のあいさつがすがすがしい。「早起きは三文の得」どころか、かなり得したような気分になる。

 また、2・5・7・0の付く日に行われている朝市通りを眺めるのが楽しみである。
 気さくに声をかけてくるおばさん達の笑顔がいい。とても心が和む。
 朝採り野菜や果物、魚、肉、花、「げんこつ」「かりんとう」などの手作りお菓子、漬物、おやき、種子、佃煮などの朝市の定番のほか、春にはワラビ、ゼンマイなどの多彩な山菜、秋には栗、キノコなどが並び季節の訪れを知らせてくれる。
 陽気で明るい売り子さん達と会話が弾み、帰宅時は買物でいっぱいになることもしばしばである。
 妻と朝市食事会を開くが、地元の食べ物は実に美味しい。

 美田は黄金色、収穫された新米でつくる、きりたんぽの元祖「だまこもち」が楽しみである。地鶏の肉、地鶏の骨を鉈でたたいて丸めた「ドンガラ団子」の汁に地元のセリやネギ、それに欠かすことのできない奥山のきのこ、これに新米をつぶして丸めた、だまこもちを入れた「だまこ鍋」。子どもの頃から親しんできた我が町の郷土料理である。
 楽しみはもうひとつある。造り酒屋なこともあり今年の新米の出来はどうだろうか、ウキウキしている昨今である。3百年受け継いだ杜氏の秘伝はあるが、水の美味しさに加え、米質の良いときには銘酒が生まれるからである。来春には新種が誕生する。味見にお出でいただきたい。

 五城目町は、町のど真ん中を川が流れている町である。アユなどが生息し、上流の景観は四季折々変化し美しい。なかでも最近「釣りキチ三平」の映画撮影ロケ地になった「ネコバリ岩」は観光客の注目の的となっている。
 また、ここはイワナ、ヤマメの宝庫。“塩焼きに一杯”はたまらない。五城目町には自然の「宝もの」がいっぱいある。
 姉妹都市「千代田区」に新鮮まるごと五城目「山菜パック」を販売しているが、「清流の香りがする」「懐かしいそよ風の香りがする」など好評を得ている。採取するのは高齢者の皆さんだが、なんとなく若くなってきているように思えてならない。

 各集会所や町内の課程を訪問すると、必ずきゅうり、なす、白菜、かぶ、らっきょう、にんにく、しその実、菊、梅など自家産を素材に塩、ぬか、醤油、酢、味噌、そして酒粕などで味をにじませた漬物を出してくれる。なかでも山ワサビ、みずのコブなどの山菜漬けは、まさに珍味である。

 さて最近、原油の高騰や、食品では毒入りギョウザや汚染加工米の転用などの問題が蔓延している状況である。
 我が町を見わたすと「宝ものがどっさり」である。これからの農産村が楽しみでしょうがない。

TOP

3

***********************************************
平成21年1月号 「灯台もと暗し」
八峰町  加藤 和夫  町長
(平成11年7月〜平成18年3月〔八森町長〕)
(平成18年4月〜現在〔八峰町長〕)

***********************************************
 昨年7月、わが町の会社から、「八峰白神の塩」が発売された。
 豊富な日本海の海水をパイプで引き、松くい虫の伐採松をボイラーで焚き、釜で煮詰めて作った天然塩である。
 最近、日本でも各地から天然塩が発売され、近くは男鹿でも生産されている。
 とは言え、日本で消費する塩の85%はご多聞にもれず輸入物である。一番多いのがメキシコ産、その次はオーストラリア産である。国内消費の約8割が工業用、家庭用は3%と言われている。
 私も専門家ではないが、天然塩は、岩塩等と比べて、ミネラル分が豊富で刺々しさのないまろやかな味が特徴ではないだろうか。
 本物志向の高まり今のところ順調に売れているようである。
 この天然塩を製造したのは、もう一つの大きな狙いがあった。産学官連携による八峰町が初めて製造するオリジナルな天然食品保存料の開発である。素材となるものは、八峰産の米麹、天然塩、白神こだま酵母、白神乳酸菌、白神の水であり、いずれも地元産である。
 仮称「白神塩もろみ」と名付けて製造に関し、すでに特許申請を行った。大きな特徴は、素材の風味を失わず保存期間を長く保つところにある。食の安全が叫ばれている今、添加物なしで農産物や水産物の食品加工に新しい道を拓くもので、すでに町の中で試行錯誤しながら特産品開発に取り組んでおり、今後に大きな期待を寄せているところである。
 この事業は、秋田県総合食品研究所のお力添えにより実現できたものであり、深く感謝しております。同時に、地域の資源を活用すると言いながら、足元にある素材に気付かない町民に刺激を与え、有用な提言をしてくれる人の有り難さを身に沁みて感じているところです。

 もう一つは、昨年11月にわが町で行った「自殺予防フォーラム」のことである。
 前段は、ルーテル学院大学「藤井英一」教授の講話が行われた。
 同氏は、白神の自然に感動し、8年くらい前から月に一度八峰町を訪れていましたが、地域の有志とNPOを立ち上げ、環境保護の立場からボランティア活動を展開している人である。
 地元の人間が無関心な外来種のオオハンゴン草の駆除や遊歩道の整備、植樹活動、あるいは、菅江真澄の足跡を辿る調査等に目を向け、足元には素晴らしい自然や文化があると訴え、自分の町の良さに愛着を持つ町づくりが自殺予防にも繋がると提言してくれた。
 後段には、野田純子さんのライブもあった。
 自らも息子を自殺で失った彼女は、放心した気持ちをこの白神山地に触れて生きる力を与えてもらったと語り、その思いをこめたライブに聴衆は感動させられ、この地域の自然力の大きさ、大切さを町民に訴えてくれた。
 そのライブで彼女が舞台衣装に着たのが、旦那さんが染めた茜染の衣装だったことを終わってから知らされた。
 しかも、その染料となる茜は何と八峰町産であるという。
 同行していた旦那さんからは、こんなに良い素材がいっぱいあるのだから、これを生かした染物を提案され、指導も約束してくれました。

 足元に素材が無いわけではない。地域にいる人間が地域の資源として捉える、活用している力が無いだけのことであることをも、またも知らされたのである。町に光を与えてくれる方々に感謝の一念です。

TOP

3

***********************************************
平成21年1月号 「今、秋田に風は吹いている!」
大潟村  高橋 浩人  村長
(平成20年9月〜現在)
***********************************************
 大潟村はこの時季冬鳥の飛来が多く、白鳥・マガン・ヒシクイ・カモ類・大ワシなど野鳥好きの方には天国のような所です。そこに今、珍客のタンチョウが現れ話題を呼んでいます。タンチョウは一羽だけですが、7月下旬頃から大潟村に居着いている様です。餌の確保を含め、大潟村の居心地が良いのでしょうか?私は9月に就任しましたので、タンチョウの方が先輩になります?

 就任して早3ヶ月が過ぎました。日々の行事に追われ、ゆっくり考える暇が無いのが実情です。そういった中、「全国町村長大会」と「北東北三県町村長町村長中央研修会」が去る11月26日東京で開催され、興味深い内容でありました。
 「北東北三県研修会」では、株式会社三井物産戦略研究所所長 寺島実郎氏の講演を聴く機会に恵まれ、秋田の可能性を再認識することが出来ました。その演題は「世界潮流と日本−地域活性化への視点」でありました。その中で日本再生へのシナリオということで以下の3点を強調していました。
 第1に、世界で地球温暖化防止、CO2削減など、低酸素社会への対応が急務となる中、日本は化石燃料からの脱却を図るため、再生可能な自然エネルギー(水力・風力・太陽・バイオ燃料)の利用を拡大しなくてはならない。第2に、世界的には食料不足で10億人の飢餓人口があり、先進国で唯一自給率の低い日本は、食糧の自給率を上げ、世界貢献と国の安定を図らなければならない。第3に、東アジア・ロシアの発展に対応し、更には、北米貿易も日本海を通過するようになってきている中での環日本海物流の確立。これらが、これからの日本再生の鍵となるとのことでした。
 これらを考えた時、秋田県では、風力などの自然エネルギー、食糧の生産、環日本海貿易とすべてが備わっています。日本を再生する鍵は秋田県にあると再認識しました。

 さて、大潟村は日本の食糧生産基地として八郎潟を干拓し造成されました。現在は環境創造型農業を推進し、安心安全な食糧の生産基地として取り組んでいます。また、ソーラーカーラリーの開催、マグナス風車の設置や稲わらからのバイオエタノールの製造実験、菜の花を栽培し菜種からのBDFなど、今後は自然エネルギーの生産基地としても貢献していきたいと考えています。以前は、自然エネルギーの供給基地といえば夢物語のような感がありましたが、かなり現実的になってきました。
 今後、秋田県と各市町村が連携を深め、秋田から日本再生のシナリオを発信し、それを実践していきたいものです。大潟村としても貢献できればと思います。
 今、秋田に風は吹いている!

TOP

3

***********************************************
平成21年1月号 「小さくても輝く町をいつまでも」
羽後町  大江 尚征  町長
(平成17年4月〜現在)
***********************************************
 平成もあっという間に21年を迎え、本当に月日の経つのは早いものだと感じております。元年生まれの子供たちは、今年成人式を迎えます。また、世の中の移り変わりも、景気が持ち直しつつあるといわれたのもつかの間、原油価格の急激な変動や、米国に端を発した金融危機の影響が、世界同時不況を招くなど混沌とした時代になりました。
 米国が咳をすれば日本が風邪をひくといわれ、その日本のそのまた秋田県の小さな自治体の「羽後町」は、それこそ瀕死の重体に陥るのでしょうか。現に地方自治体を取り巻く情勢は、人口の減少、国による交付金・補助金の削減、地域経済の低迷など、依然として厳しいものがあります。

 しかしながら、嘆いたり手をこまねいているだけでは、何も始まりません。「平成の大合併」には参加せず、自立の町を選択した限りは「自己決定・自己責任」のもと、町民・議会・行政が一体となりこの豊かな自然に恵まれ人情豊かな町を、次代に引き継いでいかなければなりません。
 国は、夕張市のような表面化しにくい財政悪化を早期に把握・是正するため、「地方公共団体財政健全化法」を制定し、各種指標を公表することにしましたが、幸い当町は町民の皆さんのご協力のお陰で、財政的にも健全であり、秋田県でも上位に位置するとの判定がありました。
 地方分権といわれている時代であり、「各自治体間の競争の時代」でもあり、それぞれの自治体が知恵を出し、決断し、血と汗を流し、取り組まなければなりません。私も断腸の思いで決断し覚悟し、町民の皆さんのご理解を得ながら、数々の行政改革に取り組んで参りました。今年は「第3期行政改革」の初年度であり、「やるべきことはやる、我慢するときは我慢する」という姿勢をさらに貫き、「自立する町づくり」を進めていきます。
 また、地域の活性化や発展のためには、住民サービスの向上や社会資本の整備も欠かせません。事業の実施にあたっては、国・県の補助事業や起債などを精査し、羽後町らしい独自の効率的な施策を実施して、この歴史ある町を更に継続・発展させて参りたいと考えております。

 先日開催されました羽後町青年議会である議員の「20年・30年先、私たちの子供たちが羽後町に留まり人口が増加に転じ、未来ある希望に満ち溢れる町であり、末永く羽後町の名前が残ることを願っています」という提言が心に強く響いています。
 12町村が連携と絆を深め、お互いに「仲間」であり「ライバル」である関係を発展させながら、この難局を乗り切っていきたいものです。
 「羽後町よ永遠に」!「秋田県よ永遠に」!

TOP
BACK