町村時報 No.531
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 本日、ここに秋田県町村会創立100周年記念式典を挙行するにあたり、町村長を代表し式辞を申し上げます。 佐竹知事、穂積市長会長、冨田議長会長には、常日頃より本会会務に対しご懇篤なるご指導・ご鞭撻を賜り、また、本日は公務極めてご多忙の折にもかかわらずご臨席を賜り、厚く御礼申し上げます。 そして、私どもの会務を長らく牽引していただきました加藤前副会長、12人の同志であります町村長にご参集いただき、心から感謝申し上げます。 冒頭に、まずもってご来場の皆様にお詫び申し上げなければなりません。折しも、本会創立100周年となったこの年に、新型コロナウイルス感染症が再び全国で拡大し、そうした中でも最も低い感染率を守ってきた本県ではありましたが、ついに数週間前から急激な増加に転じたため、本日の式典の大幅な縮小を余儀なくされたところであります。本来であれば、これまで我々町村の振興発展にご尽力いただいた方々をお迎えし、ご歓談方々、感謝の意を申し上げたかった訳でありますが、所期の目的を果たせず、なんとも残念で仕方がありません。どうかご容赦賜りますようお願い申し上げる次第であります。 さて、大正10年、小学校教員俸給の国庫負担要請が端緒となって創立された全国町村長会に遅れること1カ月、所要の手続きを経て同年3月に県内235町村の連携による「秋田県町村長会」が発足して以来、本会は時代の要請に応じた地方自治にかかわる政務活動を続け、今年度で節目となる100周年を迎えたところであります。 これもひとえに、歴代会長をはじめ、諸先輩町村長各位のご功績、また、ご列席の皆様方の一方ならぬご支援の賜物でありますことに、改めて衷心より御礼申し上げる次第であります。 一口に100年と申し上げましても、戦前から戦後の動乱の時代、高度経済成長期を経て、その後の長い経済低迷期に至る昨今まで、我が国は激しい時代の潮流を記憶してきた訳であります。この間、町村では住民が相互に寄り合い、苦しみや悲しみ、そして喜びや希望の共有を積み重ねてまいりました。 昭和の大合併、平成の大合併を経て、現在は12となった町村ではありますが、我々町村長は、当時の大規模合併の風潮に流されることなく、自分たちの選んだこの単位こそが、地域の末端まで行政の責務を果たせる理想と信じ、まちづくりに邁進してまいりましたし、現在でもこうした住民との関係性は地方自治の根幹であると自負いたしております。 しかし、一方で、過疎化が引き起こす少子高齢化をはじめ様々な弊害に、我々町村も久しく悩まされてきました。総務省の推計によりますと、成熟社会を迎えた日本は、2004年の1億2千万余人をピークに減少に転じており、今後100年をかけて明治時代と同水準である5千万人を割り込む程度まで減少すると見込まれています。我々町村におきましても、持続可能な社会の構築に向け、連携や協働など多角的な視点での取り組みが肝要になってまいります。 こうした中にあって、近年、田園回帰や交流人口といった切り口が注目されていますが、実際、通信技術の飛躍的発展を背景に起業やリモートワークにより、あるいはライフスタイルの多様化により地方の産業や伝統文化の担い手として、地方暮らしを実現させようとする若い世代が本県の町村にも定着しつつあることは、これからのまちづくりにおける一道の光明となり得るものと期待いたしております。 我々町村長は、その任にある限り住民福祉の向上を留まることなく希求し続け、多様で個性豊かな地域社会を実現するために粉骨砕身邁進することをここにお誓い申し上げますとともに、町村自治の振興に向け、ご臨席の関係各位の一層のご指導・ご支援を賜りますよう衷心よりお願い申し上げまして、創立100周年記念の式辞といたします。秋田県町村会長 佐々木哲男■会 長 式 辞

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